オレンジわんこの部屋
プロフィール

オレンジわんこ

Author:オレンジわんこ
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

お土産のオチ
旅行中の息子クンからメールが来た。

「お土産は何が欲しいか?」と。

そう言えばシンガポールに着いた翌日も「リトルインディアに行くけど欲しいものはあるか」と聞かれた。

宿泊費しか援助しなかったからきっと貧乏旅行をしているんじゃないかと思い「お小遣いなくなっちゃうからいいよ。何かかわいいものがあったら適当に買ってきて」とあやふやに答えておいた。

すると「欲しいのか欲しくないのかはっきりしろ」とすごく偉そうなメールが返ってきた。

本当にかわいくない言い方だなぁと思いながら「じゃあ、ブレスレット」と適当に答えた。

私はミサンガのような100円で売ってそうなものをイメージして言ったつもりだったが、ちゃんとした純金のアクセサリーの店しかないという。

息子クン・・・結局「日本でも売っているようなものだからやめとくわ」とそっけない返事。



それから帰国を間近にひかえ、また性懲りもなく「土産何がいい?」と。

お土産って気持ちだから本当は何でもいいんだよね。

ましてや、子供から何かいいもの貰おうなんてこれっぽっちも思っていないし。

・・・・どうせ‘スネッカジリ’の身分なんだし・・・。

しかし、こういう時ははっきり欲しいものを伝えたほうが相手も迷わなくていい。

またもや「ブレスレット」と答えた。

指輪以外のアクセサリーなら常につけておけるから。

しばらくしてゴールドのブレスレット約20本ほど写った写メが3回にわたって送られてきた。

この中から気に入ったものを選べと。

これまた上から目線の文面で。

はっきり言って、送信された画面もズームに出来ない私の携帯で、この沢山の中から今すぐ選べとな?

メールでははかどらず、結局電話でどんな感じ、こんな感じとやり取りをした。

お金が心配だったからいくらなのかと聞くと「100ドルだから大丈夫だよ」と。

ああ・・・メッキか・・・と安心して写真の中からかわいらしいものを一つ選んだ。

しばらくしてまた電話が・・・。

「1g100ドルだった・・・。お店の人が日本人はよく間違えるって言ってた・・・。だからお土産無しでいいね」と。

そんなこんなのちょっとしたお土産騒動。





・・・なんか・・・疲れたな・・・。




スポンサーサイト
心配な八百屋さん
学生のとき、大学とアパートの中間地点にスーパーマーケットと八百屋さんがあった。


一人暮らしの私は、カレーやシチュー、野菜炒めの材料として、にんじん1本、ピーマン1個、ジャガイモ1個といった少量を、この小さな小さな八百屋さんで買っていた。


八百屋さんは何か1種類買うと必ず他のものを1種類付けてくれる。

つまり、にんじん1本買うと玉葱1個サービスするといった具合に。

学生の私でも「このお店大丈夫かな~」と心配していた。

どう見ても儲かっていなさそうな店構え。

タイとかベトナムにありそうな雰囲気。

地面に直接置いた低い木の棚に、青や緑のプラスチック製の丸いザル。

その中に何個ものジャガイモ、何本ものきゅうりが盛ってある。

きっと一籠単位で買うのだろうが、世間知らずというか、無知な私はそこから一つずつ持ち出してバラで買っていた。

買っていたというより、野菜を貰っていたという方が合っていたのかも知れない。


そんな親切な八百屋さん・・・私が在学中に店をたたんでしまった。

お店のおじさん・おばさんゴメンナサイ。私が経営をさらに悪化させてしまったのね。

ずっとそう思っていた。



ところが数年前、用事があって近くまで行ったついでに途中下車し、駅前から大学まで歩いてみた。

30年前と比べて駅前はお洒落に様変わり。

学生の街だけあって、コンビニやカフェなどもできている。

スーパーマーケットは変わらず同じ場所に。


?!  あった!八百屋さんが!きれいな店構えだけど確かに八百屋さんだ!

よかった~。

ずっと自責の念があったから、お店を見つけたときはうれしかった。



あれから30年・・・。

「息子さんが継いだんだ」と勝手に想像して晴れやかな気分で帰ってこれた。

隣のスーパーに負けないでこれからも頑張って商売して欲しい。

女子学生へのサービスもいいが、そこそこ利益も出るように。



お気に入りの歌
私はあまり歌謡曲には興味はないが、時々お気に入りのものは思い出したように聴くことがある。


例えば、‘コブクロ’の「ここにしか咲かない花」とか。

これはちょうど息子クンが中学に入りたての頃、保護者の前でクラスごとに歌った曲だ。

~あの優しかった場所は今でも変わらずに僕を待ってくれていますか。最後まで笑顔で何度も振り返り遠ざかる姿に唇かみ締めた~

泣けた・泣けた。子供を学校に預けたときの事を思い出して・・・泣けた。

   

そして‘MISIA’。

どれもいい歌ばかりだが、強いて言うならドラマ「JIN 仁」の主題歌「会いたくていま」。

ゆ~ちゅ~ぶとやらで皆さんの感想を読んでいると「昔の彼女に会いたくなった」だの「元彼に会いたい」だの書いてあって「青春していたんだね~」と羨ましく思う。

十数年前、私はミーシャの名前すら聞いたことがなく、これまたミーシャを知らないうちのダンナさんが「〇〇君がミーシャのチケットやっと手に入ったんだって。」と言って来たので「ボリジョイサーカス?」などと、とんちんかんな事を言っていたのだ。

頭の中はすっかり ミーシャ=熊さん だったから。


もっとも最近の歌で気になるのは ‘西野カナ’ちゃんの「さよなら」。

半年前のNHKのドラマ主題歌にもなったものだが、ストーリーがなんともせつなく・・・ではなく・・・歌詞がせつないのよね~。

~10年後も逢えるよ  同じ場所で逢えるよ  思い通りにはいかないかもしれないけれど  いつかまた~

って言うところがなんともまあ・・・。

ろまんちっく♥

しかし現実アラフィフの10年後・・・逢いたくないよな~。


おかずストック


今週息子クンの部屋にガス器具の業者さんが修理に入る。

管理会社兼大家さんが立ち会ってくれることになっていたが、洗濯機の不都合などもあり(早速水漏れ)私も時間を合わせて行くことにした。

(当の本人は呑気に旅行中)


ついでだから煮物などおかずを少し作って持って行こうと、数少ないレパートリーの中でいろいろ考え、お昼にいそいそ材料調達。

自宅に戻り、早速かぼちゃとひき肉の煮物や、豚肉・レンコン・油揚げの名前のつけようのない物を。

豚しゃぶと茹で野菜、スナップえんどうの胡麻和えなど‘キッチンスタジオ’の鉄人のごとく作り上げた。
(自画自賛(^^ゞ)

いつもは仕事の合間の昼休み、「あ~めんどくさい」「なぜ女ばかりが忙しい思いをするんだろう」と嫌々夕飯を作っているのだが、食べる相手が変わるとこうも違うものかと自分でも驚くくらい料理が楽しく感じた。


@@@しかし毎度のこと煮物の味見はせず・・・(テキトー(^^ゞ)@@@


本当はもっと野菜物を作りたいのだが、冷凍にするとどうしても味も食感も(多分栄養的にも)落ちる。

今では一人分の煮物やサラダなどコンビニでも真空パックで売っているが、やはり手作りのものを食べさせたいし・・・。

今回本人の希望で炊飯器も買ったんだからご飯を炊いてホクホクしながら食べて欲しい。


きっとこの冷凍のおかずを見てダンナさんは冷ややかに「合理的ではない」と言うんだろうな。

「理系の頭はやだね~」

そうじゃあないんだよね。

今夜は煮込みハンバーグを作ろうかな♥   冷凍用にと思っている。




個人の意見
毎朝仕事に向かう道中、何台もの介護保険サービスの車と出会う。
お年寄りが数人乗っているワゴン車だったり、軽自動車だったり。

ここ最近介護サービスの施設が急激に増えた。

介護保険を使ってのサービスは、高齢者を抱えている家族にとってはとてもありがたいシステムだ。
家族が共倒れになってしまう、特に老夫婦2人暮らしのような場合は、日中のデイサービス(食事・入浴)、短期宿泊のショートステイもしくは機能回復のためのリハビリも行うデイケアをどんどん利用すべきだと思う。

しかし私の職場に相談に来る家族は、必ずしも介護保険を使わなければならない環境におかれている家庭ばかりではない。
痴呆もなく自分の身の回りのことは一通り出来るお年寄りの家族も相談に来る。
行きたくないという本人を無視して「出来る限り朝から夕方まで。お昼を食べさせてもらい、お風呂も入れてもらうサービスを受けたい」と言う家族。
デイサービスくらいならまだしも、施設が空いているのなら入所させたいという嫁。

ある人は「押し車をリースしたいから介護保険を使いたい。申請書を書いて欲しい」と言って来た。
介護ショップで「介護保険を使えば押し車が借りられる。新しいものが出れば毎回最新式のものに変更できる」と、定価5万円の物を勧められたという。
実費のリースで月千円単位。介護保険だと数百円だという。本当か???

本当にそのリースのおかげで生活の質が上がるのであれば、介護保険制度も有意義に使えているということになるのだが、この人の場合は、自家用車でどこへでも移動が出来る。旅行のときに車から出して使いたいのだと言う。
普段の生活はボランティアで通学路に立ち、家庭環境は娘夫婦達と同居。経済的にも特別問題はなさそうな人である。
はっきり言って、自分で買うなり借りるなりすればいいのに・・・というのが私の本音だ。

本当に必要としている人には私達から申請をするように勧めるし、より充実したサービスを受けてもらいたいと思う。
しかし「家のお風呂が汚れる」とか、「お昼ご飯の支度が面倒だから」という理由で託児所(宅老所)代わりに利用して欲しくない。

これは介護ショップの問題だけではなく、介護サービスを提供する側と受ける側のモラルの問題なのだ。
残念なことにこの介護保険に群がる業種が沢山あることは事実である。





DSCN0259.jpg

今日はとても硬い話になってしまったので、幸せになる写真をお一つどうぞ。

前から行きたいと思っていた  FORTISSIMO H (フォルテシモ アッシュ)

行って来た。
引越し


引越しが終わり、親子三人で名古屋コーチンの店へ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

昨日は息子クンの引越しの日だった。

とは言っても今の所から徒歩5分の1DKアパート。

また受験生となった彼だが、今より安い所に引っ越したいと急に親孝行なことを言い出した。

・・・・怪しい・・・・

門限のある寮がうっとうしいのか、友達を気軽に呼べないのが不満なのか?

結局根負けし、今より2万5千円も安い所へ。

築年数のわりには設備もそこそこ良いし、ご近所に大家さんも住んでいらっしゃるとの事。

引越し当日、早速ガスの点検の件で連絡をしたらものの数分で駆けつけてくれた。

親としては安心だ。


しかしまあ、引越しというのはとにかくお金がかかる。

礼金2か月分、保険料、手数料、3月4月分の家賃など。

電化製品も必要。(テレビ・PCは買わない)

今までお世話になった寮長さんにも手土産を持ってご挨拶したい。

渋るダンナさんを説得し、車で息子クンの所へ。

数日前から準備していた2個のメロン。

化粧箱に入れてもらって出陣の日を待っていた。



(T△T) ガーン 

高速道路をしばらく走った所で・・・・。

もう戻れない。

仕方なく高速を降りてそこの土地ではそこそこ有名な練り物を購入した。

あ~ん、悔しい。

あんなに用意周到に準備していたのに・・・。

私の中の位置づけとしては、メロンは最高級な贈り物。

しかしダンナさんはここの練り物のほうがずっと高級品だと言い張る。

人の価値観は様々だ。

まあいいや。元県民がそう言うのなら・・・。

  ・
  ・
  ・ 
  ・

暗い玄関でちょこんと家主の帰りを待っていたメロンちゃん。

「出番がなくてゴメンね」と謝りながら、「さてこれをどうしようかなあ」と考えて・・・

今日実家のお仏壇に上げてきた。

「おばあちゃん、月曜日から〇〇(息子)が旅行に行くから守ってね」とお願いをしながら・・・。


猫ちゃん


お伊勢さん門前のおかげ横丁にいた猫ちゃん。

板の間に`大の字'で寝ていた。

かわいい置き物。

伊勢神宮参拝のはずが・・・
DSCN0238.jpg

三重県鳥羽市浦村町にて牡蠣の食べ放題



手を挙げるとお店の人がアルミのバットに山盛り焼き牡蠣をのせてどんどん運んできてくれる。

2人で4回おかわりをした。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

今日は「伊勢神宮とおかげ横丁&牡蠣の食べ放題」バスツアーに参加。

昨年このツアーに参加した同僚の勧めでダンナさんとバスツアーデビュー♥

食堂の横の小屋でお店の人が牡蠣をワンサカ焼いていた。

その焼きたての牡蠣を自分達で殻を開いていただく。

塩加減もちょうどよくとっても美味しかった。


その後伊勢神宮へ参拝・・・のはずだったが、残り時間が1時間30分しかなく、
私達は鳥居の前で記念撮影をし、向きを変えおかげ横丁へ。

人人人・・・人。めちゃ混み。

昨晩一夜漬けのように‘おかげ横丁’の店の予習をしておいたが、とにかく人だらけで何の店があるのかよくわからず。

お客さんをかき分け、お目当てのコーヒーを飲み、ぜんざいを食べ、牛串・みたらし団子・はんぺんを購入。

あっという間に1時間半が過ぎ、バスに乗り込む約束の時間を2分過ぎていた。

・・・私達が最後だった・・・。


今回の旅、牡蠣だけでもう大満足。




神様♥今度ゆっくり伺います。




ランチバイキング


1050円也。

ドリンク・スイーツ付。



サラダもあったけど・・・これを見ると野菜系、乗っていない。

相変わらず炭水化物が多いなあ。


いつも思うけど・・・こういうのって・・・絶対に美しく盛れない・・・。





朝ドラ「ごちそうさん」での大阪空襲・地下鉄の話
先日「ごちそうさん」での地下鉄に逃げ込むシーンには泣けてしまったが、あれ以来本当の話だったのか気になっていた。



実話であって欲しいと思っていたが、よかった・・・。

1945年3月13日夜から翌日未明にかけて心斎橋液に避難してきた人を梅田方面や天王寺方面へ運んだというエピソード・・・あったのだ。本当に・・・。


自らの体験を投書した人によって、1998年NHKでドキュメンタリー番組が放映されたと言う。

投書では、市街を周囲から中心へ渦巻状に爆撃が続けられる中、逃げ場を失った人々が駅員から誘導されて地下鉄に乗車できたという内容だった。

しかし、ある人の体験談には「規則で開けられない」と言い張る地下鉄職員に怒声と迫力で中から扉を開けさせた、という証言もある。

また地下鉄に電気を送る変電所に勤務していた大阪市電気局元職員の証言では「特別な指示であの日は電気を終電後も送り続けていた」と言う事実も判明。


現在でも駅員達の善意で開放されたのかそうでないのかははっきりしないが、いずれにせよ地下鉄のおかげで多くの人々が助かったということは本当だった。




当時の状況を思い浮かべると・・・「泣いてまうやろ!」と叫んでしまいそうだ。